2009年 09月 21日
敬老の日なので
ネットで拾った面白い話を。

長嶋茂雄さん、やっぱり偉大です。
ちなみに自分、電話口で名前の漢字を聞かれるときは、「長嶋茂雄のシゲです」と言います。

敬老の日、じっとしていながら体の筋肉を鍛えてみましょう。
それではどうぞ。


<簡明な勝利の方程式>
「いわゆる"勝利の方程式"の完成なんて、
1ゲームを9メンバーが各自が自分の分を、
セルフでコンプリートすればパーフェクトですよ。」

<若手打者というものは>
「若手打者といえば、あれですよ、
うーーん、ヤングボーイのバットマン・・・」

<高目は見送れの指示>
「だから、いったろ、
ハイボールはルックしろと、
あれほどアドバルーンしといたのに・・・」

<マジックごときは、わずかの差>
2001年ヤクルトにマジックが出たとき
「いやーまだ鼻毛の差だよ・・・」

<擬音的気合の打撃指導>
原への打撃指導伝授で、
「腰のあたりをグーッと、
ガーッとパワーでプッシュして、
ピシッと手首をリターンするんだよ・・・」

<大家族少年野球チーム"あかい">
長嶋監督「なんだ、全員赤井君か?みんな、兄弟なんだね?」
("AKAI"というチーム名の入ったユニフォームの
少年野球チームに向かって)

<勝っている試合での投手への指示>
長嶋監督「おい、二岡、ここは打たなくていいぞ!」
(バッターボックスの上原に向かってどなった。
二岡は長嶋監督の前に座っていた・・・)

<マジック点灯の意味が分かるとき>
マジック点灯について記者が感想を聞いた。
長嶋監督「まだまだこれからですよ、今の野球は、
      家に帰って風呂にはいるまでは分かりません。」
(風呂にはいったら分かるらしい・・・)

<目立つくらいの疲労>
長嶋監督「最近の高橋は、"疲労の疲れ"が目立つね。
     早く"状態"のいい"状態"に戻さないとダメだ。」

<とり弁当定食>
アメリカのレストランで、"とり弁当定食"を頼んだ。
長嶋監督「I am the Chicken.」

<絶対絶命のピンチ>
長嶋監督「もうここは、まな板の上のコイの上に乗るしかないだろ。」

<若手指導のコツ>
長嶋監督「若手には、耳からタコがでるくらい口うるさく言うしかない。」

<好きな四文字熟語>
インタビューの最後に
「好きな四文字熟語を」と渡された色紙に
「長嶋茂雄」と書いた。

<名簿の職業欄>
とある名簿の職業を書く欄に、
「長嶋茂雄」と書いた。

<エース3本柱>
「今年のピッチャーの3本柱は?」と聞かれ、
「桑田、斎藤、そして桑田」

<また会う日まで>
初対面の外国人には、こんにちわと言う意味で、いつも
「See you again.」とニコニコ笑いながら握手を求める。

<還暦のあいさつ>
60歳のバースデーを迎えて、
「えぇー、今日初めての還暦を迎えまして・・・。」

<気に入ったスーツ>
アメリカに行った時、
長嶋は店にあったスーツがとても気に入って、
是非売ってくれと交渉した。
しかし答えはノー。
さらにしつこく交渉したが、だめだった。
その店はただのクリーニング屋だった。

<奇襲作戦指示>
長嶋監督は、代打の川相にそっと耳打ちした。
「よし、ここは打つと見せかけてヒッティングだ。」

<長い充電期間>
エッセイ集出版発表のときに、中身が濃いですねと聞かれ、
「僕は12年間漏電していましたから」

<変わったニックネーム>
アメリカでタクシーを呼ぶときは、いつも、
「Please call me Taxi.」
無論、訳すると「私をタクシーと呼んで下さい」

<重病>
清原故障のとき、
「清原くんは、
 やまいの重病が重くなったので、少し休ませてみました」

<目には目を>
「今度のヤクルト戦はやりますよ。
 やはり、目には歯を、ですから・・・」

<やり場のない怒り>
投手陣が崩壊したときには、
「何ともふがいない、いわゆる
 行き場のないやり場、を感じます・・・」

<英和辞典>
大学を卒業する時、友人が英和辞典を持っているのを見て
「へー、こんな便利なものがあったのかー」

<12時でした>
「昨日は遅かったんですよ。シャワー食べて、
うどん浴びたらもう12時でした」

<英語の授業>
立教大学時代の英語の先生が
「I live in Tokyo.」の過去形は?
と質問したときに、「I live in Edo(江戸)」と答えた。

<初めてのハワイ>
その夜、煌々と輝く満月を見て、
「う~ん、アメリカの月はビッグだね。
やっぱりスケールが違うね。アメリカは。

<ラジオ番組で>
あるラジオ番組に出演した長嶋監督、いきなり
「こんばんは、長嶋しげるです」と自分の名前を間違えた。

<プライバシー>
亜希子夫人との婚約時代しつこくつきまとうマスコミ関係者に
「いいかげんにしてくれよ。僕にもデモクラシーがあるんだ」。

<インフルエンザ>
監督、カゼですかのマスコミの質問に対し、
「いわゆるインフレですか、インフレ」。

<ネバーギブアップ>
ペナントレース終盤になり、優勝はほとんど無理
になったが、長嶋監督は、
「わが巨人軍は最後までネバーギブアップしないよ」

<スキー・ジャンプ>
長野オリンピックで原田選手のジャンプをみて、
「原田くんすごかったな。
 137キロもとんで・・・」 

<大久保>
大久保が長嶋監督に、
「監督、少しスィングがおかしいので見てもらえますか」
(素振り)
監督「うーん、どれどれ」(バットを持ってしばらく素振り)
大久保にバットを返して「どうだった?オレのスウィング」

<プロ>
1982年1月29日、韓国で野球セミナー、
「単なるプロではダメ、プロフェッショナル、
いや、プロフェッサーになりなさい」

<ソウル五輪レポート>
1988年9月3日大牟田で講演、
「ソウル五輪を取材した、ほんの一端のさわりをお話します」
「みなさんも世界の国際に通じてください」


最後まで読むと、間違いなく腹筋痛くなったでしょ?(笑)

by wonderfullifewith | 2009-09-21 10:53 | うちのこと | Comments(4)
Commented by tak@札幌 at 2009-09-21 11:19 x
ひまなんすか?(笑
Commented by wonderfullifewith at 2009-09-21 12:17
私だけヒマです(^_^;)
Commented by ポコ at 2009-09-21 18:53 x
ドモ

今朝TVを観ていたらミスターのインタビューが放送されていました。
ワタシは絶対に違うと思うのですが、ミスター曰く『ワタシは決して天才では無い』そうです。
ホンマモンの天才とはこういうヒトなのでしょうね。
Commented by wonderfullifewith at 2009-09-21 21:00
ポコさん
北の大地でミスターと言えば、鈴井さんなんですが(笑)。
ごく一般人的ミスターは、天才と言うよりも超人?
一般人じゃないことだけは確かですね。


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